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政府は、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を目指し、これに伴い、グリーン成長戦略を策定した。その中で成長が期待される分野として自動車を挙げ、乗用車については2035年までに新車販売で電動車100%を目標に掲げている。
そうなると、充電インフラを整備する必要がある。そのため、政府は補助金を用意して、電気自動車・プラグインハイブリッド自動車(以下、電動車)の充電設備の設置を促進している。
充電インフラは、自宅や事業所などの「基礎充電」、高速道路などの移動中の「経路充電」、ホテルや商業施設などの「目的地充電」に大別される。特に懸念されるのが、基礎充電だ。一戸建てなら電動車を買った本人が充電設備も整えればよいが、マンションの場合は共用部の電気を使用するために、合意形成が難しいことが考えられるからだ。
さらに東京都でも、2030年度までに都内で新車販売される乗用車を100%非ガソリン化することを目指している。東京都にはマンション居住者が多いこともあり、条例により2025年4月から都内の新築マンションに規模に応じた数の充電設備設置を義務化することになっている。また、既存のマンションについても、管理組合などに補助金を出すなどして、設置を促している。
このように、電動車が普及するにつれて、充電インフラを整備する必要があるが、私有財産である自宅、特に駐車場を共有するマンションでの充電設備設置が大きな課題となっているのだ。
もちろん電動車所有者なら、自分のマンションの電動車充電設備で夜間などに充電しておきたいと思うだろう。新築分譲マンションでは、デベロッパーがあらかじめ電動車充電設備を設置して販売する事例が多くなっている。一方で、既存のマンションの場合は後付けで設置をすることになるが、電動車どころか車自体を持っていない人もいる。そうした人にとってもメリットはあるのだろうか?
「既存の分譲マンションへの電気自動車(EV)・プラグインハイブリッド車(PHEV)充電設備導入マニュアル」を作成した、(一社)マンション計画修繕施工協会(以下、MKS)に聞いてみた。事務局の細田義裕さんによると、「電動車の普及に伴い、その充電設備がないマンションは買い手に選ばれにくくなる」という。マンションに電動車充電設備が設置されていることがスタンダードになったときに、設置されていないマンションは購入の選択肢から外されるので、売りづらくなる。つまり資産価値に影響するというわけだ。
ここで、日産自動車が実施した、「EV(電気自動車)の購入時に重要な住居の環境について」の調査を見てみよう。調査対象は、集合住宅居住者でEVの購入意向のある30~50代の男女400人。EVの購入検討者「集合住宅に充電設備がないとEV購入が難しいと感じるか」を聞いたところ、88.6%が「難しいと感じる」(とても感じる36.0%+まあまあ感じる52.6%)と回答した。EVの所有とマンションの充電設備の関係性が強いことが分かる結果だろう。
ではデメリットはなんだろう?MKSの細田さんによると、設置に伴う導入費用が大きな課題だという。どの程度の額になるかというと、マンションの構造や設備、充電設備の種類や台数などによって大きく変わるという。
マンションの共用部の電気容量によって、たとえば共用部から電源を確保できない場合に新たに電柱を立てて電気を引く必要があったり、共用部の電源から設置する駐車場まで距離があり、ケーブルの埋設工事が必要であれば、工事費用はかなり高額になる。EV・PHEV充電設備導入マニュアルの中に、いくつかモデルケースの設置工事費用を試算した事例があるが、最低で約46万円、最高で約3104万円とかなり幅がある。
加えて、充電設備の利用方法によっても、設置計画が変わる。利用方法は、電動車を所有する居住者専用使用の場合、電動車の所有者が充電設備を共用する場合、電動車のカーシェアリングを導入する場合の主に3つあるという。
■利用方法によるメリットとデメリット
また、充電設備にもいろいろな種類があり、それぞれで費用も異なる。まず大別して、「普通充電器」と「急速充電器」に分かれる。急速充電器は、短時間で充電可能であるが、費用は高額になる。短時間で充電が必要な「移動充電」に向いており、マンションでは普通充電器が向いているという。
さらに、普通充電器にもさまざまなタイプがあり、どのタイプを何台設置するかの設置計画によって、費用も変わってくる。
■普通充電器の概要
ようするに、マンションの構造や電気容量などを調べて、どういった利用方法を採るかを考えながら、具体的にどこにどれを何台設置するかといった設置計画を立ててみないと、設置に関する全体の工事費用がわからないということだ。それを知るには、充電サービス事業者に依頼して設置プランと見積もりを出してもらうしかないのだろう。
ただし、国が充電設備費・工事費で50%~100%補助金を出している。補助対象となる充電設備が定められているが、普通充電設備設置の場合で、機器費用の50%(上限額35万円)、工事費用の100%(上限額135万円)が2023年度の補助金の額だ。加えて、東京都の補助金も利用できれば、持ち出しがほとんどない場合もあるようだ。
補助金を利用できれば、電動車充電設備の設置工事費用をかなり抑えることはできるが、導入する際のハードルになるのは何だろう?MKSの細田さんによれば、管理組合での合意形成だという。電動車所有者や購入検討者が利益を受けることになるので、利益を受けない人たちが反対したり先送りしたりすることになる可能性がある。
また、電動車充電設備設置に前向きな管理組合であっても、設置に伴う工事費用をどう負担するか、使用電気料をどう負担するか、不公平にならないようにどういったルールで運用するかなど、決めるべきことがたくさんある。細かいルールについても管理組合で合意する必要があるので、かなりの時間を要することにもなるだろう。
EV・PHEV充電設備導入マニュアルには、費用の負担方法について考え方の一例を紹介している。充電設備の設置の際には、マンションの共用設備として修繕積立金を用いて設置し、その後、充電設備の利用者から月々の利用料などで回収する方法だ。使用した電気料金は充電設備の利用者が支払うことを基本に、実態に応じて選択する。充電サービス事業者によっては、スマホを用いて各自が使った分だけ徴収する方法を採っている場合もある。こうしたモデルケースを参考に検討するとよいだろう。
充電設備を設置するとなった場合、注意点もいくつかある。
まず、機械式駐車場によっては設置できない場合もある。安全に機械式駐車場を使うために、電動車対応とするための要求事項が定められている。まず、設置されている機械式駐車場のメーカーに、充電設備が設置できるかどうかを確認する必要がある。
さらに、電動車はバッテリーを搭載しているため、車種によっては車両が重たくなる。機械式駐車場それぞれに重量制限があるので、サイズや重量に制限が生じるかどうかも確認しておきたい。電動車充電設備はあるのに、そもそも自分の電動車では機械式駐車場を利用できないといったことがあると、トラブルの要因になる。
また、補助金を使いたいと思ってもいつでも利用できるとは限らない。補助金は毎年予算を組んで募集するもので、たとえば2023年度の国の補助金は早期に予算枠に達してしまったため、予備費で追加枠が設けられたという経緯がある。補助金は流動的な部分もあるので、常に最新の情報を正確に把握しておくことが大切だ。
こうした注意点に適切に対処するには、充電サービス事業者がカギになる。充電サービス事業者は数多くあり、設置から運用まで幅広く手掛ける事業者も多いが、それぞれ取り扱う充電設備や提供するサービス内容が異なるので注意が必要だ。管理組合の意向に沿った提案をしてくれるか、補助金などの知識は正確か、設置から運用、管理まで欲しいサービスが提供されるかなど、見極めて選びたい。
また、MKS細田さんによると「長期的な観点で計画することも重要だ」という。電動車所有者が年を追うごとに増えていったり、急速な技術革新によって電動車自体や充電設備が進化する可能性もある。導入後に容量が不足したり、新しい規格に対して陳腐化したりすることも考慮したい。また「充電サービス事業者は個別の通信規格で運用していることが多いが、標準通信規格※に対応していれば、サービス事業者を変更した場合でも既設の設備を使い続けることができる」という。
※充電設備を管理システムで遠隔制御する標準通信規格OCPP=Open Charge Point Protocolなど